東日本大震災体験談講演会

鹿沼市聴覚障害者協会主催で

宮城県亘理群亘理町で被災されました

聴覚障害者の大里 良司さんの講演会に行ってきました。

その講演で聴いた内容を少し。

大里さんは、震災の時、仕事中だったそうです。

地震があった後、家族が心配だからと様子を見に行って無事だったので会社に戻ったら

津波が来るかもしれないから避難したほうが良いと言われて

避難するにも、何も持っていないので、家に帰って準備をしてくる話になり

車で、家に向かうことに。(家は、会社より海に近い所に)

しかし、家に向かおうとしても、家(海)の方から逃げて来る車があり

渋滞していて、進まなかったそうです。

そのうちに、津波が来たから逃げろと言われても

道路は狭くてUターン出来ず、バックして会社まで戻りました。

大里さんは、直接津波を見ていないので、津波の実感がなかったと言ってました。

この時、長男さんが家にいて、心配でした。

(長男さんには、後日会うことが出来、津波があった時は、2階に逃げで無事でした。)

家に戻ろうとしたのですが、津波の水が引かず、家には戻れませんでした。

家に携帯を置いてきてしまっていたので、家族とも連絡が取れませんでした。

11日は、会社の敷地内で、自分の車の中で寝ました。

水が引いたのは、3.4日後。

家の被害は、1階にあった物は全部流されてしまいました。

しかし、流されて来た物が家の中に残されていたそうです。

庭にあった、息子さんの車が、300mほど流され、後日発見されました。

避難所に行ったそうですが、混乱が凄かったようです。

自分には車があるから、寝泊まりはそこで出来るからと、避難所にいませんでした。

しかし、食べ物が無いので、避難所に貰いに行っても

避難所の人でないと分けることは出来ないと言われ、貰えなかったそうです。

後日、奥さんや息子さん達と無事会えたそうですが

大里さん以外は、奥さんの実家に避難しました。

大里さんは、亘理町に残り、3月11日~3月22日までは、車での避難生活

3月23日~4月29日までは、会社の社長さん宅に避難

4月29~6月7日までは、柴田町のアパートに避難

その後、亘理町の仮設住宅に移り、避難生活をしているそうです。

自宅は、住むことが出来ず取り壊しました。

他にも、いろいろ話は聞いたのですが、今回はここまで・・・。

講演会の様子

被災した家や回りの様子の

白い家が大里さん宅

1階の様子

流された車

最後の質疑応答で、避難している時に何が一番必要かと聞きましたら

「電気」と答えられました。

何をするのでも、今は何でも電気で動く。

発電機を買えるなら、それを買って災害に備えておくと言ってました。